まつもと泉は結婚していて子供がいた?死因の病気はなんだったのか

作家情報
スポンサードリンク

極めて突然ですが、『きまぐれオレンジ☆ロード』、『せさみ☆すとりーと』の作者として有名だった漫画家、まつもと泉先生が亡くなられたというお話が入ってきました。

まつもと先生は80年代のアニメ、漫画の基礎を組み上げた偉人の一人であり、高橋留美子先生などの多くの漫画家に影響を受けていたとされている人物であったため、その逝去には悲しみの声がたくさん上がっております。

しかし、そこで気になるのは、まつもと先生が何故亡くなったのか、まつもと先生の近親者、家族はいたのかなどのお話。

漫画家という職業柄、ごくわずかですが、見ていってみましょう。

スポンサードリンク

まつもと泉、逝去

まつもと先生の訃報について伝えてくれたのは、まつもと先生のサイトである、サイキンのまつもとでした。

まつもと泉は今月6日午前0時過ぎに、
かねてより入院療養中の病院にて永眠いたしました。
これまで公私に亘ってお付き合いをいただきました方々、
そして作品を愛してくださいました方々に
心より御礼を申し上げます。

http://www.comic-on.co.jp/hidiary/hidiary.cgiより引用

あまりに突然の報告でしたから、ショックを受けられたという方も多かったと思います。

実際まつもと先生の描く漫画に登場する人物たち、特にヒロインたちはとても可愛らしく、魅力的で、多くの少年、青年読者たちが思わず彼女たちに恋をしてしまったというくらいです。

その魅力的な人物の描き方は、多くの漫画家たちに影響を与えられた結果だったりもしますが、同時にまつもと先生も、後輩の多くの漫画家たちに影響を与えていっています。

まつもと先生は、多くの漫画家たちに漫画を教えていた人物と言えるでしょう。

死因は結局何だったのか

そんなまつもと先生が亡くなった原因は、サイキンのまつもとでも、そのほかのニュースサイトでも詳しくは語られておりません。

しかし、まつもと先生は元々虚弱体質であったらしく、ある時には自律神経失調症、慢性疲労症候群、更年期障害、統合失調症、顎関節症、難治性むち打ち症と様々な病気を診断された事もあるそうです。

が、この原因は後々脳脊髄液減少症であったと判明します。

まつもと先生はこの脳脊髄液減少症との闘病生活を送りながら、漫画を描き続けておりましたが、2015年3月26日には心房細動という心臓の病気までも見つかってしまいます。

まつもと先生は脳脊髄液減少症、心房細動といった複数の重すぎる病を患っていたため、すでに身体はボロボロの状態だったのでしょう。現にサイキンのまつもとの訃報にもこのような供述が。

近年のまつもと泉は脳脊髄液減少症による不定愁訴に苦しみながらも
仕事復帰への意欲に燃えて闘病を続けてまいりましたが
数年前に手術をした心臓にも不安を抱えており、
残念ながら身体が保たなかったようです。
ただ医師によりますと、苦しむことなく睡眠中に
そのまま安らかに旅立ったとのことでした。

http://www.comic-on.co.jp/hidiary/hidiary.cgiより引用

これまではなんとかなっていたものの、ついに限界が来てしまい、亡くなられた……という事なのかもしれません。

いずれにしても、これだけの病を患っていたならば、長い命ではなかった事は間違いありません。

まつもと泉は結婚していたのか?

ところで、まつもと先生のご家族の話というのが、ネットで調べると出てきたりしますね。

実は、まつもと先生は漫画家にしては珍しく、ご結婚なさっておりました。

なんでも、1987年にお見合いをした女性とそのまま結婚なさったらしく、今の今までずっと一緒に暮らしてきたとのこと。

まつもと先生もたくさんの持病と戦っておられましたが、そこには必ず奥様の姿があったという話です。まつもと先生がここまで生きていられたのも、奥様がしっかり支えてくださったからなのかもしれません。

子供はいたのか?

ところが、子供の話となるとぱったりと情報が途絶えます。

まつもと先生は1987年、つまり今から33年にも前にご結婚なさっているので、お子さんが居ても不思議ではありませんし、その1年後くらいにできていたならば、今その人は32歳くらいになっているはずなのですが、そんな話はいくら調べても出てきません。

なので、恐らくまつもと先生にはお子さんはいらっしゃらなかったという事なのでしょう。

あるいは、まつもと先生にとってのお子さんとは、自らが描く漫画、そこに登場する人物たちということなのかもしれません。

まとめ

まつもと泉先生は、とても華やかで可愛らしいタッチの漫画を描く人でした。

しかし、実際の彼の作品は、病魔との戦いの中で作られたものだったのです。普通ならば病魔との戦いで精いっぱいになり、漫画を描くことなどできなかったはずです。

なのに、まつもと先生はずっと素晴らしい漫画を描き続け、多くの漫画家たちの道しるべを作りました。

彼は本当に素晴らしい漫画家だったでしょう。

 

スポンサーリンク